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[清水目玉焼]は現在オープンに向けてサイト構築中です。
進行状況……10%(^^;

 

1954(昭和29)年、静岡県清水市でに生まれました。母はこの町で今も一人で暮らし、私は妻と二人で東京で暮らしています。そして今でも好きで好きでたまらないこの町に年に数回帰省するのを何よりの楽しみにしています。しかし、この町にも激しい経済変動と悲惨な災害を経て、もう思い出の中でしか帰って行くことのできない風景もあります。いつか死んだらこの町にある小さな寺の墓に入ることになっていて、それが最後の楽しみだったりしますが、それまでの間の、今そこにある故郷、今はもう無い故郷への小さな旅です。

●これらの写真は当時高校生だった私が1970―72年の3年間に撮影したものです。

   

21世紀、今この時の清水です。2003年4月には静岡市に事実上吸収合併される清水市です。土地の名前が変わり、街の景観が変わっても、営々と受け継がれた清水っ子の心意気だけは、吸収も合併も関係なく、風土とともに生き続けて行くに違いありません。
東京・清水、往復のたびに撮り溜めた写真を随時追加して行く、もうひとつの「清水しみずShimizu」です。

●2004年5月31日より『よじれ撃ち清水ノート』随時更新中!

 

●2003年6月23日更新。

●2003年6月12日、清水次郎長の命日にあたり、清水美濃輪町【魚初商店】さんの友情応援で番外編を追加しました。★6/20拡張(笑)

●2003年4月21日更新。

   
であるからして、私は決心したのだ。もし、「わいつーけー」になっても地球が存続して、晴れて2000年の朝に息を吹き返したらさくらももこ作「ちびまる子ちゃん」を副読本にしながら、郷土の耳くそぐらいの歴史の断層を発掘し、気宇壮大な天地創造神の鼻くそぐらいでっかい郷土46年史を書いてやるぞと。名づけて「ちびまるてき郷土史探検」※である。「きょうどし」という言葉にコダワリを込めた。「たつどし」とか「ふんどし」とかいう言葉と同じぐらい「ドシッ!」としているような気がするのだ。副読本を「ちびまる子ちゃん」にしたのも良いと思うぞ。こちとら高度成長の小学生時代から、ご都合主義的な歴史副読本の使い方には熟達しているのだ。無い歴史は俺が作るぐらいの意気込みで取り組みたいと思うぞ。いざ出発!と「ババ前」にて杯を天井高く差しあげる私であった。(※ホームページリニューアルに際してタイトルを変えた。郷土史探検と言ったって、書いても書いても郷土史にならなかったからである。「もう、何でもいいから書いちゃうぞ」との意気込みで『まる子゛と清水』とした)。「まえがきにかえて」より。
 

 

   

 

 

 

   
 

 


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