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物事にはすべて
発端があるのだ
前書きにかえて

物事にはすべて
水没するくらい
深〜い歴史があるの


子供には子供の
けもの道があるのだ


だがしかし駄菓子菓子

ラーメン食べる
(Lamentable)
とは悲しいことよ


限りなく東名に近い
たんぼ


七夕豪雨
清水市を襲う


シーチキンは
きちんと清水発


ヤァ!ヤァ!ヤァ!
UHFがやって来た!


プリンの気持ち

テトラの秘密

悲しき熱帯魚

ベッドでたまごは
吸わないで


哀愁の町に
雪が降るのだ


ケンカだ!
ケンカだ!

カッサーは
サッカーを
知らない!


男と女の
別れ道


美しい心
は何処へ


おじいちゃん
の財布


お金持ちの秘密


『特製ちびまる子ちゃん』第3巻第5話、待望の清水エスパルス・長谷川健太くんの登場である。なんとまる子と健太くんはクラスメートだったらしいのだ。読んでみると、サッカー王国・清水の当時の様子がうかがい知れて面 白い。彼らが小学生の頃の「サッカー教育」フィーバーぶりは、中学時代の同級生が清水市立辻小学校の教員をしている時代にいろいろ聞いていたのでだいたいわかる。優れた選手が輩出されて当然である。で、いったいいつごろからこんなにサッカーが盛んになったのだろうか。

私は6年間東京の小学校で過ごしたが、子どもの遊びといえば何と言っても「野球」だった。休み時間に野球、放課後に野球、休日も野球と、明けても暮れても野球ばかりやっていたのだ。サッカーをしようなどという奴はぜ〜んぜんいなかったのである。

ところが清水に戻ってみると、野球をやる奴なんか全くいない。休み時間の遊びはサッカー、放課後の遊びももちろんサッカーなのである。で、困ったことに、私はサッカーなんて全然やったことがないのだ。ルールも相手のゴールに球を蹴り込むこと、手を使ってはいけないことぐらいしか、ほとんど知らないのだ。それにひきかえ、地元小学校出身の級友たちは皆サッカーを良く知っているし、実際とても上手いのである。まる子や健太くんが幼稚園に通 っていた頃から既にこの有り様だったのだ。

「いなかっぺ」とか「田舎者」とかいう言葉は、都会人が地方出身者を揶揄する為だけにあるのではない。何につけ「ルール」を知らないと「田舎者」ということになるのだ。私は東京からの転校生扱いだったが、ことサッカーにおいては「田舎者」だったのである。

東京の子どもは野球をやっていて「フェア」と「ファール」の判断について良く口論をした。守備側のチームは、
「ファールで走るはいなかっぺ」
と、囃し立て、攻撃側のチームは、
「それを言うのは●●人」
と、やり返すのだが、この「●●人」はひどすぎてとても書くことができない。私は差別 的だという理屈をこねて過度の言葉狩りをするのは決して好まないのだが、これは論外だと思う。是非撲滅したい言い回しだと思う。

清水では「いなかっぺ」のことを「田舎っさん」、子どもはツヤつけて「いなかっさー」、それを略して「かっさー」などと言っていたが、私はまさしくそれだったのである。全く弁解の余地は無い。サッカーに関して私が「かっさー」であることが知れ渡ると、私に与えられるポジションはバックスばかりになった。どうやら球を蹴りながら来襲する敵を、阻止するのが役割だということがわかって来たので、敵が攻勢に転じると素早く自陣奥深くに駆け戻って守備に備えるのだが、仲間たちは、
「馬鹿、もっと上がれ上がれ」
などと理解に苦しむことを言うのである。今ならよくわかるのだが、バックラインを上げて相手のオフサイドを誘えという意味だったのだ。遊びなのに、なんと彼らはオフサイド・トラップなどを駆使していたのである。

なんとか汚名挽回の機会を窺っていたのだが、その機会がついにやって来た。ポジション取りも知らないので好き勝手に走り回っていたら、こぼれ球を拾ってしまい、しかもゴールとの間にはキーパーしかいないのだ。猛然とドリブルでゴールに向かって走って行く私には「オフサイド」の声なんか耳に入らない。ドッキン、ドッキンと鼓動の音が聞こえるだけである。相手のキーパーもヘラヘラ笑って立っているだけである。「ここだっ!」と思ってボールを蹴ったらとんでもないコーナー方向へ飛んで行ってしまった。しまったと思って、照れ笑いしながら振り向くと、全員仰向けになって足をバタバタさせて笑い転げていたのである。

こうして「かっさーの神様」としての私の名は不動のものとなったのであった。

(続くのだ)

 

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