シーチキンという言葉はあれよあれよという間に、一般
名詞のようになってしまった。コンビニに行くと「シーチキン・マヨネーズおにぎり」とか、「シーチキンサラダ巻き」とか、いろんな商品があるけれど、あれは本物のシーチキンなのだろうかと気になってしかたがない。なぜなら「シーチキン」は「はごろもフーズ(昔ははごろも缶
詰)」が昭和33年に商標登録しているのだ。そして「はごろもフーズ」というのは清水市島崎町にある地元企業なのである(焼津工場もあるらしいが)。よって、清水っ子としては、そのへんのところに何としても譲れないコダワリがあるのだ。
SSKやいなば食品のも美味しいけれど、それはあくまでも「オードブル・ツナ」や「ライト・ツナ」であり「シーチキン」ではないのである。知り合いの出版社社長が電話で道順を教えるのに、「まっすぐ行くと右側にウェンディーズというマクドナルドがありますから…」などと説明しているのを聞いてのけぞったことがあるが、双方にとって無礼な話だと思う。だいたい私の親や昭和10年代生まれの人たちというのは、物心ついた時からテレビ等の情報シャワーを浴びて育った世代に比べて、ブランドや商品名に関してきわめてルーズなのである。宅急便で荷物を送ったと電話があって、届いてみると日通
や西濃運輸だったりするのだ。クロネコでも、ペリカンやカンガルーでも、どうでもいいらしい。洗濯物をハイターしておく等と言って平気でブライトを使っていたりするのだ。

私は「シーチキン」が大、大、だ〜い好物である。そう言うと笑う無礼な奴がいるが、ハムより魚肉ソーセージ、腸詰めより赤ウインナが好きな人っていると思うのだ。たまに食べる大間マグロの中トロ(本当は一度も食べたことが無い)より、戸棚にいつも「シーチキン」があった方が嬉しかったりするのである。
『特製ちびまる子ちゃん』第1巻第8話、「まるちゃんきょうだいげんかをするの巻」は、しみじみと良い話だった。まる子とお姉ちゃんが姉妹げんかをするのだが、その火種になったのが「シーチキン」と商品名の入ったノートなのである。「シーチキン」と商品名の入ったノートなどダサいと思うあなたはダサい。当時「シーチキン」とは、なんて凄いネーミングなんだろうとテレビ・コマーシャルを見て感心し、それが地元企業からの情報発信であることを誇らしく思ったものにとって、それは垂涎の品なのである。よってまる子とお姉ちゃんが喧嘩の末、絶交してしまうほど「シーチキン」と商品名の入ったノートは悩ましい逸品だったのである。
最初じゃんけんで決めようということになり、まる子とお姉ちゃんは「ジャンケンポン」をするのだが、まる子の世代は「ジャン ケン ポンッ!」といってじゃんけんをしたのだろうか。東京の小学校では「ジャンケンポン」はあまり使わず、「ジャラケツホイ」とか「ジャケッポッピ」とか「ジャンケンじゃがいもサツマイモ」とか言っていた。清水の小学生と遊ぶ時は「チートキテッ!」と叫ぶことになっていた。「チートキテッ!」は絶滅してしまったのだろうか。
さらに清水の子供と遊んで感心したのは、野球やサッカーをする時、「グットパージャン!」と「チョキ」抜きじゃんけんをして2チームに分けることだ。東京でガキ大将が一方的にチーム分けをしているのにくらべ、なんと民主的かつ合理的なのだろうと感心したことがある。この民主的かつ合理的な気風は清水っ子に共通
していて、そのせいか傑出した指導力のあるリーダーを輩出しにくい傾向もあるような気がする。気のせいだろうか?
(続くのだ)